刺繍の杜 オランダ生活記

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アパートの人たち

上にすむヤンとバブスが引っ越していってしまいました。私たちがここに初めてきた日から、何かと声をかけてくれた親切な人たちです。
引越しの挨拶をしに行ったとき、とても歓待してくれて家の中を全て案内してくれました。
「キッチンを改造したのよ。見て頂戴。」から始まって夫婦二人だけなので三部屋ある部屋の一部屋をリビングにつなげてとても広くゆったりとした暮らし、寝室から、お風呂、挙句の果てにトイレまで全て案内してくれました。バブスはブラバントの出身。本当に明るく、おおらかな、声の大きい人です。警察官だったヤンは13年前からパーキンソン病を患い闘病中です。
2年前一戸建ての家では階段があるので生活がしにくくなり、エレベーターのついたこのアパートに越してきたのだそうです。ところがここは街のはずれで静か過ぎて、ヤンにはもっと刺激が必要ということで、今度は市の中心街の新築のアパートに越して行きました。バブスは元看護婦さん。ヤンが元気な時は老人アパートなどに出張看護をしていたそうです。
「たくさんの人を介護してきたけど、一番難しいのがヤンなのよ」
彼女は明るく言いました。彼女の妹も看護婦さん。バブスそっくりな顔と体型で、白衣を着てヤンのために週一度やってきて、彼の様子を見て生活の指導をしたりしていきます。
「どうせ来てもらうのなら妹が良いじゃない!」
市から派遣される看護婦さんも融通が利くようです。その他、週に一回掃除の女の子がやってきます。やはり白衣を着て、キッチンからカーペットのしみ取りまで、半日働いて家をぴかぴかにしてくれます。もちろんアパートの前には身障者用の駐車スペースが確保され、ヤンのための車椅子もやってきました。
ヤンは毎日一人で杖をついて散歩に出かけます。2週間に一度の紙ごみを出すのもヤンの仕事です。穏やかなヤンとおおらかなバブス。
もう外を歩いていても、頭の上からバブスの大きな声がする事もなくなり、散歩をしていてもヤンに会う事もなくなりました。
ほんの少ししか同じアパートにいなかったのに、彼らがいなくなって本当に寂しくなってしまいました。

©2001 Miharu Shinohara